尾崎 豊の曲【ベスト10】

尾崎豊

平成4年(1992年)4月25日に尾崎豊は死んだ。
享年26歳。

たった26年の人生で彼が世間に与えたインパクトは計り知れない。
死後、30年ほどたった現在でも彼が生み出した曲たちは聴き継がれている。

筆者は十代の頃は尾崎豊が好きでずっと聴いていた。
彼のライブにも行った。すべてのアルバムを購入した。

でも、二十代の頃から、彼の曲を聴かなくなった。
自分の感性と合わなくなったからだ。

二十代、三十代は、ほぼ聴かなかった。

青臭いから…。

いや、それよりも、生きることに必死になると尾崎豊の曲が耳に入らなくなった。
尾崎豊の曲に人生訓はない。少なくとも筆者はそう思っていた。

本当の自由、本当の幸せを求めたとき、尾崎豊から離れる時は必ず来るだろう。
尾崎豊を客観的に捉えられる年齢になると、彼のバックボーンにあるマーケティングが見える。
彼を売り出すために苦慮した大人たちの姿が浮かぶ。

尾崎豊を生み出した、音楽プロデューサー須藤晃氏。
レコードアルバムなどのデザインを担当した、グラフィック・デザイナー田島照久氏。
そして、尾崎豊の復活劇を演出した幻冬舎社長、見城徹氏。

尾崎豊が死んだ時、彼らが口を揃えて言ったのは「正直、ホッとした」というひと言だった。

大人たちさえをも手玉に取り、振り回し、天才の名を欲しいままに、邦楽ロック界に君臨した尾崎豊。

その実情は、天才の部分だけを上手くブランディングし、虚像を創り上げ、世に商品として売り込んだ幻だったのかもしれない。

本当の青年としての尾崎豊は、また違ったものだったようだ。


しかし、ぼくらが触れた尾崎豊の才能。それ自体に嘘偽りはない。正真正銘の本物だ。

その才能の奥深さを、筆者は40歳半ばを越えて、あらためて気付くことになった。

さて、いまだからこそ、個人的に好きな曲を厳選して上げて行こうと思う。

アラフィフが選ぶ尾崎豊BEST10だ。

さぁ、はじめよう。

目次

アラフィフが選ぶ尾崎豊の曲 10位〜8位

10位 【卒業】 

1985年1月21日にCBSソニーより12インチレコードでシングルとしてリリース。
2枚目のアルバム【回帰線】からシングルカットされ先行して販売された。
この頃、卒業というタイトルのついた曲が数多く世に出た。
斉藤由貴の【卒業】もちょうど同時期だ。

この卒業は詩が過激だったため、当時は反抗する10代の代名詞のような扱いを受けた。

正直、よく覚えていないのだが、筆者自身がはじめて聞いた尾崎豊の曲だったように記憶している。
「夜の校舎 窓ガラス 壊してまわった」というフレーズは十代には刺激的だった。
当時の筆者は、この曲きっかけで尾崎豊に魂ごと持って行かれた。はず…

9位 【シェリー】

2枚目のアルバム【回帰線】に収録された曲。
シェリーと何度も連呼するこの曲。もがき苦しむ自分の姿をシェリーという女性を通して描く。

【シェリー】が一番好き、というファンは多い。葛藤の中で苦しみながら生きる自分の姿をこの曲に投影するのだろう。

筆者も思春期で不安定な心に響いたように記憶している。

尾崎豊はこの曲を後楽園近辺に流れる川を眺めながら作ったと語っている。

8位 【街路樹】

1988年9月1日発売された4枚目のアルバム【街路樹】に収録された曲。アルバム・タイトルの曲だ。
このアルバムが発売されるまで紆余曲折があった。活動を休止し、それまでの所属レコード会社CBSソニーを離れ、事務所も独立し、様々なトラブルを経て、ようやくリリースされた。

この間、ファンは尾崎豊の新しい曲に飢えきっていた。砂漠を彷徨い水を求めた旅人が水を得て喉を潤すかのように、このアルバムに聞き狂ったに違いない。

音楽プロデューサーは須藤晃氏から、西本明氏に。西本明氏は浜田省吾、佐野元春などのアーティストにも携わる音楽プロデューサー。そのため、このアルバムは曲調がガラリと変わった。

活動休止の間、尾崎はニューヨークに渡っている。この街路樹は、その時の経験を元に書かれた曲であろう。これは調べたわけではないが、ぼくはずっと勝手にそのように想像している。ニューヨークの風景が曲とともに脳裏に浮かぶ。ぼくらはこの頃みんな、アメリカに憧れ続けていた。
いつかニューヨークに行くことがあれば、この曲を聴きながらマンハッタンを歩こう。
そう思っていたが、いまだ実現せず…

アラフィフが選ぶ尾崎豊の曲 7位〜4位

7位 【太陽の破片】

1988年6月21日発売された7枚目のシングル。

アルバム【街路樹】と共に制作されたが、アルバムには収録されていない。発売の前年に覚醒剤取締りによって逮捕され活動休止。そこから復帰した最初の曲。

ぼくらが待ちに待った曲だった。この曲をはじめて聴いたのはラジオだった。これはハッキリ覚えている。電波状況が悪く、雑音の向こうから聞こえてくる【太陽の破片】は尾崎の魂の叫びだった。

そして、暫くしてテレビ番組に登場。尾崎豊がテレビに出るのは珍しいことだった。
その番組は「夜のヒットスタジオ」。ぼくらは釘付けになって観た。

“もし君が暗闇に 光りを求めるなら ごらん ぼくを 太陽の破片が 頬つたう”

きっと、覚醒剤で苦しんだ経験を曲にしたのだろう。
このフレーズが頭から離れなかった。
詩が神がかっている。獄中で作詞したらしい。

6位 【Driving All Night】

1985年10月21日リリースされたシングル曲。12インチレコード盤。3枚目のアルバム【壊れた扉から】に収録された曲。シングルとして先行発売されたが、シングル曲は大阪球場のライブで収録されたものが使われている。1985年夏の大阪球場ライブ。
筆者は、この数年後の大阪球場のライブに行った記憶がある。

さて、この【Driving All Night】は車を運転しながら聴く定番になっている。尾崎豊の曲から離れた20代〜30代でもこの曲だけは聴いていた。曲の前奏が流れてくる。それだけで眠気が覚める。気分が上がる。

“追い抜いたトラックの向こうに 闇に埋もれた日常が見える
あの頃わけもなく笑えたオレの友だちは みんなこの橋を死にものぐるいで走った”

5位 【Forget-me-not】

3枚目のアルバム【壊れた扉から】に収録された曲。
この曲は尾崎豊が唯一、スーツにネクタイという正装スタイルで収録した曲らしい。

尾崎豊を見いだした音楽プロデューサー須藤晃氏は語っている。
この曲を収録した尾崎豊のインパクトは凄まじかったと。この曲を唄うために尾崎豊は生まれてきたのかもしれない、とまで話している。

ぼくはそんなことは当時は当然知らない。だけど、ファンからしても、この曲のインパクトは凄かった。十代の繊細な心に刺さりまくった。夕暮れを眺めながら聴くと涙が流れた。

4位 【遠い空】

4枚目のアルバム【街路樹】に収録された曲だ。とともにシングルの【太陽の破片】のカップリング曲でもある。きっと、この曲を尾崎豊のBESTに上げるファンは少ないかもしれない。尾崎豊自身も、もしかしたら、この曲はBESTには選ばないかも。真実のほどは向こうの世界だが…

筆者がこの曲を好きなのは、活動休止から再び戻ってきた【太陽の破片】と共に何度も何度も聴きこんだことにある。加えて、それまでにない曲調。小刻みなテンポ。遠い空という、未来志向と爽やかな情景が、ポジティブな面の尾崎豊を見いだしたこともある。吹っ切れた感じがした。

“風に吹かれて 歩き続けて
信じて 見つめた 遠い空”

アラフィフが選ぶ尾崎豊の曲 3位・2位

3位 【路上のルール】

さて、いよいよベスト3に入る。

3枚目のアルバム【壊れた扉から】に収録されている曲。最初の1曲目がこの【路上のルール】だ。

このタイトルも非常に独特な表現で才能のきらめきを感じる。路上、つまり敷かれた道。そこにあるルールの中でもがく若者像。それがこの曲の軸となっているイメージ。

ぼくはこの曲に尾崎豊の天才を強く感じる。彼の倍近くの年月を生き、それなりの教養を身につけたが、とてもじゃないが、こんな詩は書けない。圧倒的な才能だ。そこに乗ったメロディーも秀一。そして、いつ聴いても新鮮。十代の頃のように心が震えるのだ。

BEST 1にしてもいいのだが、敢えて3位に置く。なぜなら、余白を残したいから(笑)

“街の明かりの下では 誰もが目を閉じ、闇さまよっている
あくせく流す汗と 音楽だけ 止むことがなかった”

2位 【十七歳の地図】

さぁ、第2位に来ました。

1984年3月21日に2枚目のシングルとしてリリース。デビューアルバム【十七歳の地図】にも収録されているアルバムのタイトル曲。

尾崎豊が学校帰り、渋谷駅前の東邦生命ビルの屋上テラスから街並みを眺めたときに湧いてきた感情や想いが原型になっている曲だ。その場所にはいま記念碑があるらしいが筆者は見たことがない。いつか行ってみたい。

この【十七歳の地図】はファンにとっては絶対に外せない1曲だろう。尾崎豊の代名詞と言っても過言ではない。揺れ動く十代の心。大人でもなければ、子どもでもない。十七歳でいることの歯がゆさのようなものが実によく表現されている。曲も荒削りではあるけれど、どこか洗練されていて、西本明氏の編曲にも隙が無い。ブルース・スプリングスティーンの曲が意識されているらしいが、それはブルースの曲が好きな人にはよくわかるはず。

個人的に【卒業】よりも【15の夜】よりも、【I LOVE YOU】よりもこの【十七歳の地図】が十代に聞き継がれていくことを強く望む。

アラフィフが選ぶ尾崎豊の曲ベスト10 栄冠の第1位は!!!

1位 【ドーナツ・ショップ】

そして、ついに、ついに、アラフィフの筆者が選ぶ第1位です!!!

3枚目のアルバム【壊れた扉から】に収録されたこの曲です。
さて、どうでしょう?意外でした?

実はこの【ドーナツ・ショップ】はファンの間ではかなり人気が高い。
でも、好き嫌いは大きくわかれるのではないだろか。

この曲は十代の頃から好きで、ことあるごとに聴いていた。
セリフ調の歌詞が入っている珍しい曲。
たしか【誕生】にもあったかな…

曲調はバラード。歌詞の内容も恋愛ソングに近いかもしれない。
筆者が若かりし頃は、ただのバラードとして聴いていた。
でも、歌詞をよく聴いているとただのラブソングではないことに、かなり後になって気付いた。

哲学的で、それでいて、道理を唄おうとしている。かなり深いのだ。
例えばセリフの部分。


「もう どれぐらい 僕は目を閉じていたんだろう
何もかもが ぼくの観念によって 歪められていく
そして それだけが
ぼくの真実だ
いつ はじまり いつ終わるというのだろう
夕日はビルの蔭にすっかり隠れてしまった
さぁ 取り囲む すべてのものごとの中で真実をつかむんだ」

このフレーズ、アラフィフの筆者にも
非常に重いメッセージとして伝わるものがある。
自我を離れた嘘偽りのない理を求めよ、と聞こえるのだ。

もし、この曲を聴いたことがない方がいらっしゃったら、ぜひ聴いてみて欲しい。
最初はバラードして。
おそらく、ドーナッツ・ショップとは
ミスター・ドーナツのことではないか。
そんな風景を思う浮かべながら。

そして、もう1点のポイント。
アルバムでは【ドーナツ・ショップ】の次の曲は
【誰かのクラクション】だ。
これもいい曲。なぜ、ベスト10に入れない、と自分を責めたいほど。

筆者としては【ドーナツ・ショップ】と【誰かのクラクション】
セットの聴くことをオススメする。

スーパー・アーティスト・コレクション ギターで歌う:尾崎 豊/オール・ソング・ファイル (SUPER ARTIST COLLECTION)

最後に

さぁ、どうだったでしょう。
尾崎豊のベスト10。みなさんの思う曲があったでしょうか?
また、みなさんが思うベスト10とは違っていたでしょうか?

ちなみに筆者が10代の頃は、これとはまったく違います。
20代でも30代でもかなり違ったと思います。
ただ、もしかしたらベスト3はそれほど変わらないかも。

尾崎豊が好きな方は自分だけのベスト10を
作成してみてはいかがでしょうか。

ぜひ、尾崎豊のツアー音源を聴いてみてください。アマゾン限定販売です。

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この記事を書いた人

オフィス スルースカイ 代表|広告制作、WEB制作、コピーライター|フリーランス歴20年|ブログではITにまつわる情報を発信|時々、趣味の仏教をわかりやすく解説します|プログラミングや動画編集のスキルもあり|SEO上段者へ邁進中|

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